「皆さんは 「勉強」 という言葉にどんな印象をお持ちですか?
ほとんどの人にとって、 良い印象はない言葉だと思います。 「勉強」 という言葉にまつわる思い出には、「叱られる」 や 「笑われる」 がくっついてくる人が多いのではないでしょうか。
どうして言われた通りにやらない?
(だって、何をしろと言われているのかわからない)
どうしてわからないのに質問しない?
(聞けば、ばかにするか怒るかじゃないか)
あとで苦労するのはお前だぞ!
(それでもいいから今ここから逃げ出したい)
教師の役割は、それでも子どもたちに 「勉強」 を続けさせることです。嫌われ役ですよね。 特に小中学校の先生は本当に大変だと思います。 ベテランの先生ならば辛抱強く教え続けることができるでしょう。長年にわたるノウハウもあるし、 今は嫌がっていても、いずれ理解に至ることを知っていますから。
では、親が自分の子どもに何かを教えようとしたらどうでしょう。 ほぼ例外なく30分後には大げんかです。 親は子どもへの愛情もあるし、 期待もあります。 少しでも理解してくれれば大喜びしますが、 少しでも覚えが悪いとイライラします。 わが家でも、母親が子どもに教えようとして大げんか。 見かねた私が引き継いでやっぱり大げんか。 挙句は夫婦げんかに発展。 肉親は教師としては最悪の部類じゃないかと思います。
少し話を変えます。 私が中学生の頃に最初に触れたコンピュータは、今から比べたらシンプルなものでした。 マウスもなく、 画面に出るのは文字ばかり。それは電気屋の店先でした。 店に展示してあるコンピュータのスイッチを入れて少したつと、 画面に 「READY」 とだけ表示されました。 その後ろには四角いカーソルが規則正しいリズムで点滅していました。 それを 「プロンプト」と呼ぶのだと、 当時買ったコンピュータの本に書いてありました。 辞書で調べ、「促す」 「駆り立てる」「鼓舞する」という意味だと知りました。
「機械が人間の入力を促す」。 促すけれども、せかすことなくいつまでも入力を待ち続ける。試しに適当な文字を打って「RETURN」と書かれたキーを押すと、画面には 「SYNTAXERROR」の文字。 SYNTAXというのは「構文」「文法」という意味。ああ、これじゃダメなのかと少しがっかりしますが、 画面は何事もなかったかのように再び 「READY」 と点滅するカーソル。 コンピュータを触らせてくれたお店の店員は、ニヤニヤしながらその様子を見ています。高価な商品を子どもが触っているのに、叱られる気配はありません。
しばらくすると、どうやらこの機械は何をしてもそう簡単に壊れるものじゃないとわかってきました。 仮におかしなことになっても電源を入れ直せば元に戻るとわかり、そこからはもう楽しくて楽しくて・・・。
もちろん本も読みましたが、私にとってのプログラミングの教師はコンピュータそのものでした。 それはいつまでも待っていてくれる、決してキレたりばかにしたりしない教師でした。 ほかの生徒がいないので、自分のペースで学べました。いえ、「学ぶ」という感覚すらありませんでした。私はただ遊んでいただけです。 同級生がスポーツや音楽に夢中になるように。
話を戻しましょう。 原理的には、教師役は機械の方が優れているだろうなと思います。 何しろコンピュータは根気強く、いくら生徒が間違いを犯してもイライラしません。いずれは「教師AI(人工知能)」ができそうです。 ですが、まだしばらく時間がかかるでしょう。少なくともそれまでの間、人間によるプログラミング教育の需要はなくなりそうもありません。